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通夜


少しずつ寒い。


昨夜は、知人の通夜に行きました。
昨年の秋頃から、もう4人の通夜に行ったことになります。
そして、僕の父の葬儀もありました。

昨夜の通夜には、とても、たくさんの人が来られていて、
早めに行ったのですが、式場には入れず、ずっと外で待っていました。
僕の知り合いの人はほとんど見かけず、
焼香をすませてから、すぐ失礼いたしました。
でも、お顔を見れてよかったです。

はじめてお話したのは、たぶん、震災のあとの展覧会だったと思います。
それから、いくつかの展覧会に誘っていただいたりしました。
その後、美術館を辞めて、大学で教鞭をとられてからはあまり会うこともなく、
ガンと闘い克服し、そして、思いのほか早く亡くなられました。
まだ30代後半のころの僕を見いだしてくれた美術館のかたが、
また1人亡くなられて、とても寂しい。もっと、いろいろな事を話したかったなあ。



僕が死んでも、たぶん誰も気付かないだろうし、
たぶん、誰も悲しまないだろうし、
誰も、寂しいとも思わないだろうとは思うのですが、
でも、それでいいと思いました。

ずっと、生きているように思ってくれたほうが、
僕は、いいかな、と思いました。

今日は食べなかった


晴れ。

今日も、ちょっと寒い。


朝は暖かいかなあ、と思ったけど、
やっぱり、ちょっと寒かった。

今日は、ゲソ天ぷら食べてなかったからか、ちょっと身体がしんどかったです。
でも、いろいろがんばりました。

テレビで、水泳の池江選手が白血病になったとのニュースが・・。
ご家族や、親しい人達は、きっと生きた心地がしていないと思います。
悲しくて、悲しくて。
病気を呪ったり、運命を呪ったり・・。

白血病の闘病は、抗がん剤の副作用もあるし過酷なものと思います。
ほんとに、一日も早く寛解することを祈っています。



49日


晴れのち曇。

今日も寒くなりました。



今日も、格別に寒くなりました。冬らしいお天気です。

今日は父の49日の法要でした。
法要といっても僧侶は呼ばず、家族と近隣の人達数人で偲びました。

お父さん。いつも一緒にいるよ。


そろそろ、父の荷物なども整理しようかなと思います。
父は趣味人だったので、カメラや現像機などもいろいろありますし、
それからハーモニカは何十本とあるようです。
それから父が、FMラジオの音楽を録音したカセットテープは数百本はありそうだし、
父の書き取ったハーモニカ譜面などもけっこうたくさんある。

それらを分かりやすく整理して、僕が死ぬまで持っておこうと思っています。
父の着ていた服も、だめになるまで、僕が着ていよう。


先週くらいから、イカの天ぷら、イカゲソの天ぷらを食べています。
スタジオへ行く道沿いのコープさんの惣菜コーナーにあると必ず買っていて、
ナポリタンと一緒に食べたり、チキンカツ弁当と一緒に食べたりしています。

イカの天ぷら、イカゲソの天ぷらというのは、他の天ぷらと比べて格段に、
衣の剥がれる確率が高いと思います。
剥がれる確率というか、そもそも、剥がれるためにある、という感じでしょうか。

しかし、衣にはイカの風味がそこはかとなく付いていて、それがまた「いとおかし」
という感じなのです。下手したら、衣だけでもイケるのです。
なんと、素晴らしい食べ物なのだろう。
明日もイカの天ぷらゲットだぜ!。

バタン


晴れ、時々、曇。

寒くなりました。



バタンと倒れそうなくらいシンドイなあ。

今朝は、とくに辛かったけど、がんばって起きました。

書類やらなんやらを、案件毎にファイルしているのですが、
だんだん、何がなんなのか分からなくなってきました。
まあ、なるようになるか。
いつになったら気が休まるのだろう。
たぶん、気の休まることなんてないのだろうと思いますが、
しっかりやっていきたいと思います。


書類ばっかり


晴れ、時々、曇。

少し暖かいような気もした。



しかし、うんざりするほど、面倒な手続きが続きます。
来月いっぱいくらいまで続きそうです。
もう、うんざり。
もう、何もかも嫌になりそうですが、がんばります。

父の死後の、いろいろな手続きの他にも、やらねばならない事が山ほどあります。
それから、制作もたくさん作らねばならないので、あいかわらず、あまり寝ていません。
でも、頑張らねば。


それから、昨日は、知り合いの通夜に行きました。
人が亡くなるというのは、本当に寂しい。
もう会えないし、もう話も出来ないということは、ほんとに寂しい。
亡くなってからも、生前と変わらずに、いろいろ話とか出来たらいいと思うけど・・。

母も、ずっと長生きしてほしい。
たぶん、あと何年か、かも知れないけど、
出来るだけ楽しく生きてほしいと思います。


ずいぶん昔、たぶんNHKの科学番組で、空気中から電気を作る研究を特集していました。
白衣を着たインド人の研究者達が、小さな針金細工のような模型を取り囲んでいて、
その模型が、空気中から電気を取り込んでフワッと浮いたりするのです。
その研究はどうなったのだろう。

今でも、実は空気中から電気を作る研究は進んでいるらしい。
そうなったら、どうなるのだろう。



望遠レンズ


曇のち晴れ。

暖かいような寒いような



ほんとに、しんどい。
でも、頑張らねば。

先日、アマゾンで、望遠レンズを注文しました。もちろん、ひまわり仮面撮影用です。
届いた包みを開けてみると、注文した通りの55mm〜200mmの望遠レンズの外箱でしたが、
箱の中に入っていたのは、18mm〜55mmの広角レンズでした。
がく〜ん。
しょうがないので、そのまま返品作業に・・・。
この疲れているさなかに、傷口に塩を塗るような、ダメージの上塗りでした。

返品したあと、押し入れの中から、もう30年くらい前に買った、古い望遠レンズを出してみました。
ニコンは、レンズを取り付ける機構が昔から変わっていないので、
古いオールドレンズでも、最新のデジカメに取り付けることが出来るのです。
それで、試しに装着してシャッターを押してみると、なんとか写りました。
さすがニコン、すごいなあ。

でも、デジタルのオート撮影は出来ないので、ピントも絞りもシャッタースピードも手作業です。
一度、試しに、街のなかで使ってみようかな。


それから、iPhoneの説明書を読みながら、アプリを整理したり、設定し直したりしました。
僕はゲームもしないし、音楽も聴かないし、
ほんとに、時々メールをしたり電話したり、SNSをしたりだけなので、
いらないアプリをフォルダーにまとめたり削除したりします。
ガレージバンドやキーノートや録音アプリなど、音楽製作用のアプリとか、
iMovieやClipsなどの制作ソフトも、一応、残しておきました。


それから、今年は、本を出版することになりそうです。
昔に書いた絵本のようなものと、新しく描くアートブックを合わせたような物にしようかな、
と思っています。
もちろんお金がないので、泥臭いやりかたで制作費を集めることになると思うのですが、
その時には、ファンクラブの皆さまをはじめ、いろいろなかたに協力していただけたら、
と思っています。なにとぞ、よろしくお願いいたします。


今日は、久しぶりに、姉が家に帰って来ました。
姉の好きな父はもういないけど・・。
でも、姉はとても楽しそうで元気だった。
きっと、姉には父がみえているのだと思います。
お父さん、ありがとう。


今夜は、ちょっと木登りして撮影してみようかな。
落ちて怪我しないようにしなくては・・。



寒いなあ


曇、時々、雨。

ちょっと寒いなあ。



しかし、疲れた。

やる事がたくさんありすぎて。
しんどいけど、がんばろう。







昔のこと


曇、時々、晴れ。

いろいろ忙しい。



今日は1月17日。神戸の震災から24年目の日でした。

前日からの当直で、職場に泊まっていた僕は、
17日の早朝。揺さぶられるような地震に襲われました。
たった数秒の地震で、神戸の街は壊滅状態になり、ライフラインもストップしました。
人工島に閉じ込まれた僕達は、何日か後に開通した橋を渡りましたが、
通勤の道沿いの住宅地の家々は、一件残らず倒壊していて、あたり一面、瓦礫の山でした。

それから、水道やガスが復旧するのは、およそ4か月後です。
水を汲みに、自衛隊の水場まで毎日通い、凍えた身体を十分に温める術もありませんでした。
あの時は、父は70才、母は60代でしたが、老体にもかかわらず、
よく水を運んだりしていました。辛かったけど、ほんとに懐かしい。

あれから、24年たっても、人々の防災意識はそれほど変わっていないし、
避難所の風景も、あの時と、そんなに変わらない。
なぜ変わらないのだろうと思います。
もうすぐ、大きな地震が来ますよ。



父は、神戸の下町で生まれたらしい。
父の出自は、あまり知っている人はいなくて、母もあまり知らないらしい。
母は、父の両親にはあったことがないらしいが、
父の父親はほとんど働かなくて、母親は苦労したらしいという話は聞いたことがある。

父は、勉強も体育も図工も音楽も良く出来たらしく、優等生だったらしい。
三菱重工で働きはじめたが、戦争になり徴兵され、
衛生兵の訓練のため厚木に行った時に、終戦になったようです。
戦後間もなく父の両親はなくなり、父は住友ゴムに入社し、そして母と結婚した。
母は父の職場の近くの食堂の娘で、そこで知り合ったらしい。
当時、母には好きな人がいたらしいが、祖母に「姑のいない人と結婚しろ」と言われ、
それで父と結婚したらしい。

父は、職場の女の人にだまされ、職場で貯めていたお金を引き出して持ち逃げされ、
そのため、ずいぶん長い間、そのお金を返済するはめになったそうだ。
そして、姉が未熟児で生まれ、住友ゴムも辞めて、
生活も苦しく、ほんとに辛い結婚生活だったらしいが、
父は、自分の好きなことばかりして、母を苦しめたようだ。
でも、父は元来、優しい人柄だったようで、
交通事故で死んだ犬を、土を掘って埋葬したり、いじめられている人を助けたり、
なぜか、そういう事をよくしていたらしく、それは、母の自慢でもある。

僕が知っている我が家は、ほんとに貧しい思い出ばかりです。
家は小さいボロアパートだし、御馳走なんて食べたことないし、
でも、小さい家で、皆であたたかく暮らしていました。
父は、僕をよく映画や遊園地に連れて行ってくれたし、
僕が絵を描くのが好きだと分かると、展覧会にもよく連れて行ってくれた。
そして僕が、たぶん小学2年の頃。僕の描いた絵が特選になって、
神戸百貨店にその絵が展示されたのですが、その展示されたのを見に行った帰り、
神戸の大水害に遭遇するのです。

電車は王子公園で止まり動かなくなり、そこから歩いて帰りました。
川は氾濫して、道路は水浸し。氾濫して、水が渦巻いている橋の上を必死で歩いて帰りました。
ほんとに、よく生きて帰れたことだと思います。
その時のことは、ほんとに鮮明に覚えています。
父や、家族との思い出は、もう、数えきれないほど、たくさんある。

父は、ほんとうに不思議な人だった。

たぶん、僕が3年生くらいの時、映画に連れて行ってくれたのですが、
その映画は「2001年 宇宙の旅」でした。
長い映画だったので、僕はウトウトしながら見ていたのだが、
そして映画を見終わったあと、「あの黒い板は、『生命』そのものだよ」と、
僕に教えてくれた。
今から思えば、なんという洞察力、読解力だろうと思います。
大宇宙のいたるところに、時空を超えて存在するもの。それは、生命にほかならない。
そんな事、映画評論家でも言ってなかったのに・・。

父は、なぜか、ニーチェやベルグソンの著作をよく読んでいたし、
当時、学者しか読んでなかったであろう、フーコーの著作も読んでいた。
ほんとうに不思議だ。哲学が好きだったのだろうか、今でも分からない。

確かな事は、そんな父がいるからこそ、今の僕がいるのでろうと思います。
僕が今、絵を描いているのも、すべて、父がいたからこそでしょう。
僕が、今、いろいろな人と出会っているのも、すべて父のおかげです。

ほんとに不思議だなあと思います。
ほんとに、感謝してもしきれない。


今日も寒いなあ


晴れ。

風が冷たいなあ。



今日も、役所に行ったり、姉の施設に行ったり。

いろいろな手続きや事務処理をしているうちに、
喪失感や哀しみは癒える、などと言う人はいるけれど、
それはウソだと思いました。

父の生きた証しがひとつずつ消えていくのは、とても寂しい。
バスに乗っていると、涙が出てくる。ほんとに寂しいなあ。

でも、失っていく記録と同時に、
新しい書類には、父の生きてきた道のりが刻まれているのでしょう。

姉の施設に行って報告。皆、とても悲しんでくれました。
お姉さん。今度、一緒に家ですごしましょう。


そして、新しい作品を少しずつ作ります。


019 jan 005


散髪したばかりの姉。
そうなんです。ひまわり仮面のモデルは、姉なのです。

よく眠る


晴れ。

寒くなりました。



今日は、わりと寒くなりました。

昨夜はよく眠りましたが、熟睡ではありませんでした。
なかなか疲れはとれませんが、明るい気持ちでやっていきたいと思います。
人生、塞翁が馬、ケセラセラ。



019 jan 004


お習字、楽しいなあ。


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